協調性を強いる感覚が残っているから

協調性を強いる感覚が残っているから

こんばんは、西橋です。

これは日本人独特の感覚だと思うのですが、大多数の人と異なる特徴を持つ人や歩調を合わせない人に排他的になる傾向が強くあります。

代表例として、日本には昔「村八分」というものがあって(いまだに一部の村ではあるそうですが)、村の規則を守らなかったり全員参加の行事に参加しないような人を排除していました。

ですので、排除されないため、村人は周りと協調することを良しとして、周りの目を気にして自分の意見を押し殺す日常を強いられていたわけです。

この感じ、あなたもどこかで感じたことがありませんか?

そう、これって学校や職場での強いられた協調性と似てるんですよね。

みんなと同じじゃないと仲間はずれにされ、個性が強いと鬱陶しがられ、空気が読めないと嫌がられ、仕事ができないと邪魔者扱いされ、コミュニケーション能力が低いと別世界の人間だとからかわれたり、いじめにあったり、孤立させられたり…

「村」だった昔の時代はとっくに終わったはずなのに、日本には今だにこの感覚が根付いてるんです。

私自身も「人と同じが嫌」という個性を持っていたため、歩調を合わせることができずに排除され続けた経験もありますが、そうなると人は排除されることを恐れるあまり、自分自身を押さえ込んでストレスを抱え込み、自分を見失い、対人恐怖症やパニック障害、うつなどに悩まされることになっていきます。

周りに合わせて自分が病んでいては苦しいだけです。

本当に大切なことは何なのか、一度見つめなおしてみると気付くことが出てくるかもしれませんね。

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