純粋な動機は義務感の裏側に隠れている

純粋な動機は義務感の裏側に隠れている

こんばんは、西橋です。

ちょうど前回ブログを書いてから10日が経ちました。

今まで2日に1回というペースを維持してきたのですが、ホームページの移設などがあって更新する時間がなかったんですよね。

正直、無理やりでもやろうと思えばできたんですけど、そんなことをしてもしんどいだけだし、ここに書く内容の質も落ちてしまうので書きませんでした。

でも、今までずっと何年も2日に1回というペースを続けてきたので、「やらないといけない」という義務感はありましたし、やらないという決断にいたるまで少し葛藤はありました。

ただ、この義務感っていうのは嫌なもので、これが強くなってしまうと自分がやりたいのか、それとも、やらないといけないのかの区別がつかなくなってしまうんです。

今回の私のブログ更新を例に挙げると、

日々の中で気付いたことから役立つ情報を書きたい(自分がやりたいこと)

役立つ情報を2日に1回書かないといけない(やらないといけないこと)

になっていたわけです。

自分が書きたいと思うペースが決まって2日に1回なわけがありませんし、それを無理やり続けるというのはやっぱりしんどいものです。

まぁ、これも仕事だと割り切って考えるのも一つの方法かもしれませんが、苦痛の中で作り上げた仕事で人を喜ばせたり満足させることなんてなかなかできないんですよね。

今あなたがしている仕事は義務感に支配されていませんか?

もし、支配されているならわざと一回ストップさせてみて「自分がやりたい」という気持ちが湧いてくるまで放置するのもいいかと思いますよ。

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